19世紀の英国の詩人にして評論家であった
A.C.スウィンバーン(1837-1909)は、
その著『結婚物語』の中で次のように述べています。
“指輪のかたちは円にして完成させる。
円は当然のことながら終わりが存在しない。
かくしてそれは恋人たちの相思相愛の念、真情、あたかも円環のごとく
巡りつづける永遠の象徴とされてきたものである。”
円環というかたちに永遠の愛を感じたのは、
いったい誰が最初であったのでしょうか?
今日はそれについて考えたいと思います。
ダイヤモンド婚約指輪 プロメテウスの指環
スウィンバーンは同じ著書の中で、
「プロメテウスの指環」にもふれています。
ギリシャ神話によれば、
プロメテウスは天から火を盗んだ罪で、
ゼウスの神から罰を受けます。
しかし、その後許された時、
二度と罪を犯すことがないよう、
鉄の指環を嵌めさせられたという物語です。

※ダイヤモンド展 2000年国立科学博物館より
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ダイヤモンド婚約指輪 鉄の指環からゴールドへ
「プロメテウスの指環」は、
神話であって史実ではありません。
しかし、往時のギリシャ人たちが
「鉄の指環」になんらかの拘束力があると
信じていただろう、と思わせる物語です。
鉄製の指環は事実、
存在しました。
そして時には、
それが婚約指輪として使われることも
あっただろうと想像できます。
古代ローマの時代にも、
鉄の指環があったことが知られています。
やがてそれは金(ゴールド)の指環へと移行してゆくのです。
まとめ
人類は、円に永遠を感じたのですね。
そして円になるものを肌身につけるとことから
指環が考えられたのかもしれません。
装身具の中でも指環は、
自分でも見られるし、
人からも見られます。
つまりお互いの意志を確認し合えるものですね。
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