ダイヤモンドの歴史 古代から近代までの生産量の推移

ダイヤモンドとは?

宝石としてのダイヤモンドを考える場合、

カットの歴史とともに忘れてはならないのは、

 

ダイヤモンドという物質は、過去において、

今では想像もつかないほどに希少であったということです。

 

この事実はダイヤモンドが自由に手に入る現代では、

ともすれば忘れがちですが、

過去の歴史の中での出来事のいくつかは、

この希少性を知らなければ理解できないことです。

 

歴史的に見て今日に至るまでの

ダイヤモンドの生産歴史は、

明瞭に3段階に分かれています。



ダイヤモンドの歴史 古代からブラジル

第一は古代から1725年前後にブラジルで、

ダイヤモンド鉱山が発見されるまでの期間で、

生産地はインドとボルネオ近辺に限られ、

 

その全体としての産出量はせいぜいが年間で

1000カラット台(1万カラット以下)であったと推測されます。

 

ブラジルの生産量は1730年代から1820年代にかけて

年間12000カラットから50,000カラットの間で

推移したものと思われます。

 

1844年には新しい鉱山が発見され、

1850年代には年30万カラットに達しましたが、

その後減少し1860年代まで年産13万カラット前後で推移しました。

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それでもインドだけの時代に比較すると10倍以上の伸びがありました。

これが第2段階なんですね。

英国王室もむかしは、ダイヤモンドを借りていた!?

この時代には英国王室といえども、

王の戴冠式ごとに女王がつける王冠は、

 

新しいダイヤモンドで作るのではなく、

ご用達の宝石商が、持っていたダイヤモンドを借用して

新しい王冠を作り、式が済めばダイヤモンドを返却するのが常でした。

 

もちろん借り賃は、王様が払うわけで

王様もなかなか大変だったんですね。

 

ダイヤモンドの生産が爆発に伸びた第3段階は、

明日書きたいと思います。



まとめ

今日では、ダイヤモンドなしでは、

ジュエリーの存在は考えらえません。

だからジュエリーに携わっている者としては、

ダイヤモンドはあまりにも当たり前の存在です。

 

それでも、ダイヤモンドを扱っているというと

いまでも、珍しがれることがあります。

 

というのも日本でダイヤモンドが一般的になったのは

ここ50年から40年ですから。

 

だから日本では、ある世代以上の人たちは、

まだまだ希少なものという印象があるようですね。



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